朝ドラべっぴんさん エイスモデルVANについて

NHK朝ドラ『べっぴんさん』で、姿を消してしまっていた英輔が再登場しました。イケメン俳優・松下優也さんが演じていた役なので、喜んでいる方も多いのではないでしょうか。

再登場した英輔は、若者向けファッションブランド『エイス(AIS)』の社長となっています。実は『エイス』と英輔には、実在のモデルがあると言われているんです。

今回はファッションブランド『エイス』と英輔のモデルと言われている、『VAN』とその創設者・石津謙介さんについてまとめてみました。

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朝ドラべっぴんさんのエイスモデルになったVANとは

石津謙介さんが創立した『VAN』(正式名称:株式会社ヴァンジャケット、VAN Jacket inc.)は、高度経済成長期に当たる1960年代に活躍したアパレルブランドで、日本のメンズブランドをつくってきた3大メンズブランドの1つです。

1951年に石津謙介さんは、『VAN』の前身である『石津商店』を大阪市南区で創業し、『アイビールックファッション』を打ち出します。そして1954年、『VAN』に改名します。

後に日本のメンズファッションに大きな影響を与えることになるブランドが誕生した瞬間です。

VANのスタイル『アイビールックファッション』とは

『VAN』は、日本での『アイビールックファッション』の火付け役と言われています。『アイビールックファッション』とは、どのようなファッションを言うのでしょうか。

『アイビールックファッション』の基本は、3つボタンジャケット、ボタンダウンシャツ、チノパン、ローファーという着こなしです。現在でも『伝統的なトラディショナル』なファッションとして定着しています。

名前は、アメリカ東海岸の名門大学グループ『アイビーリーグ』が由来とされています。少し昔のアメリカ映画などを見ると、色や柄で個性を出したアイビーファッションの青年達がたくさん出てきます。イギリス映画のMr.ビーンも実は『アイビールックファッション』なんですよ。

この『アイビーリーグファッション』を打ち出した『VAN』は、急成長を遂げることになります。

VANはファッション好きな『みゆき族』に大人気だった

メンズファッションブランド『VAN』は、当時、東京・銀座の『みゆき通り』にたむろしていた流行に敏感な若者達『みゆき族』に大人気で、熱狂的な信者が大勢いました。

『みゆき族』は、独自のファッション文化やストリートカルチャーを日本に流行させたと言われていています。『みゆき通り』は、今の原宿のように若者が集まるファッションの聖地だったようです。

VANの紙袋を持ち歩くことがステータスに

メンズファッションブランド『VAN』によって、日本に『アイビールック』ブームが到来し、他ブランド『JUN』や『Jプレス』なども人気を博しました。『VAN』には熱狂的なファンが多く、神様的なブランドであったと言われています。

なんと当時は服を着るだけでなく、『VAN』の紙袋(ショッピング袋)をバッグとして小脇に抱えることすら流行していたそうです!

この紙袋をもらうには、トレーナーやジャケットなどの大きい衣類を購入しなければなりません。当時、この紙袋欲しさに『VAN』で大きな買い物を何度もする若者が大勢いたようです。

紙袋だから耐性はなさそうですし、雨の日に使ったら一発で破けてしまいそうですもんね、、。でも『VAN』の紙袋は、黄土色のクラフト紙袋に赤色と黒色で書かれたロゴがシンプルに印刷されたもので、今見てもオシャレですね。ちょっとしたクラッチバックのようです。今でもオークションで取引されることがあるみたいですよ。

アニメ化やドラマ化された漫画『ハートランド』で知られている漫画家・わたせせいぞうさんが当時書いたイラストの中にも、『VAN』の紙袋の片手に抱えた赤色のベストを着た『アイビールック』の青年の作品が残っています。本当に、この当時の『VAN』の人気はすごかったのですね。

劇場も建設していた

1972年の絶頂期には、『VAN99HALL』という自主企画・樹種運営の劇場も建設されます。この劇場は、『利益の還元』がコンセプトで、 99席で入場料金が99円という設定だったようです。劇場名も『VAN』の創設者・石津謙介さんが命名しています。

一気に人気に火がついた『VAN』は、1970年代になっても愛好者がいたとされていますが、残念ながら1978年に500億円の負債を抱え、事実上の破産をしてしまいました。
しかし、残った社員達によって再建しコンセプトを改め、『VAN』は今も存続しています。

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VAN創設者・石津謙介さんってどんな人?

画像引用元:http://digioka.libnet.pref.okayama.jp/mmhp/kyodo/kenmin/sano/ishizu/biography.html

朝ドラ『べっぴんさん』の英輔のモデルと言われている石津謙介さんは、どんな人物で、どのような生涯を送ったのでしょうか?

メンズファッションの神様とも呼ばれた石津謙介さんの生い立ち

石津謙介さんは、タイトルの通りアパレルブランド『VAN』の創設者で、20世紀に活躍した日本のファッションデザイナーです。その貢献は素晴らしく、『メンズファッションの神様』と呼ばれていました。

1911年10月20日、石津謙介さんは、岡山県岡山市の紙問屋の次男として生まれます。明治大学商科専門部を卒業した後は実家を引き継ぎますが、1939年に妻子とともに中華民国に移住し服飾関連の仕事をします。

太平洋戦争後、海岸の名門大学グループ『アイビーリーグ』出身の米国兵士の通訳を担当し、『アイビーファッション』と出会います。

大学時代から遊ぶことが大好きで、コミュニケーション能力が高かったとされる石津謙介さん。この頃に、『VAN』の軸となる『アイビーファッション』を学んだようです。

日本に帰国後は中国の大手繊維会社『佐々木営業部(レイナン)』で数年働いたのち、1951年に独立、『石津商店』を大阪市南区で創業し、社名を1954年に『VAN』と改名します。その後の石津謙介さんと『VAN』の活躍ぶりは説明した通りです。

ちなみに、『佐々木営業部』はドラマ『べっぴんさん』で英輔が勤めた会社『坂東営業部』のモデルになった会社です。名前が微妙に似ていますね。

石津謙介さんは当時なんと、野球チームのサンケイ・アトムズ(現・東京ヤクルトスワローズ)のユニフォームや国鉄、警視庁のユニホームのデザインも行なっていました。

1978年に『VAN』は経営破綻してしまいましたが、その後も石津謙介さんはフリーのファッションデザイナーとして勢力的に活動します。本当にファッションが大好きだったんでしょうね。

500以上の『和製ファッション用語』や『業界用語』を定着させた

石津謙介さんは数多くの『和製ファッション用語』を定着させたことでも知られています。その中には、『カジュアル』、『Tシャツ』、『トレーナー』、『TPO(Time、Place、Occaision)』などがあります。今では当たり前に使っているファッション用語ですよね。

さらに、『キャンペーン』、『プレミアム』などの業界用語も『VAN』の企業戦力時に生まれたとされています。誕生したフレーズの数なんと、500!以上と言われています。

石津謙介さんが『VAN』を立ち上げていなかったら、『カジュアル』や『Tシャツ』という用語もなかったかもしれないと思うと、本当に影響力は計り知れません。

死に際もおしゃれを貫いた

画像引用元:http://jp.vice.com/lifestyle/japan-american-style-01-kensuke-ishizu

石津謙介さんは2005年、肺炎のため93歳で惜しまれながらこの世を去ります。しかし、晩年もファッションへのこだわりは衰えず、寝たきりなってもパジャマを着ることを拒絶し、三宅一生の服を身につけたまま息を引き取ったと言われています。死に際までもかっこいいですね、、。

写真で見ても、アイビールックのスーツを着こなす笑顔の素敵な紳士です。

英輔を演じている松下優也さんも笑顔が素敵な方なので、英輔のモデルが石津謙介さんというのは、なんだかすんなり納得できます。

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まとめ

NHK朝ドラ『べっぴんさん』中のファッションブランド『エイス』とその社長・英輔のモデルは、実在のファッションブランド『VAN』と創設者・石津謙介さんでした。

『VAN』は、1960年代に大活躍したメンズブランドで、全盛期は『VAN』の紙袋を小脇に抱えることすらステータスとされ、一大ブームを築きました。

実在のブランド『VAN』はメンズファッションが中心でしたが、ドラマ中のブランド『エイス』は婦人服に進出するようですし、今後どのような展開になるか楽しみですね。

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